2014年9月19日

第67回 『飛ぶ教室』の時代

 小学5年の私に、なにが起きたのか?

 私を生意気だ――と思う男子生徒たちのボスは長身のKで、その仲間は圧倒的に多く、私の側にたってくれているのは、まあ5人程度だった。

 それで、なにが始まるかというと、Kとその仲間たちは、学校が終わって帰る私を待ち伏せするのである。クラスが終われば、学校とは関係のない子どもだけの世界で、別の論理が働いていく。

 Kの子分たちが私を見張っているのがわかる。私はその包囲網をくぐって、学校を出て小田急線の駅まで行かなくてはならない。Kたちが狙うのは私ひとりで、私に味方する人たちにはなにもしない。私に味方する少数派は、Kたちの動向を見ていて、誰がどこに待ち伏せしているか、こっそり教えてくれる。

 それで私は、その裏をかくのだが、それは一種の知的ゲームでもあった。小学校は小田急線の祖師ヶ谷大蔵駅に近いのだが、公式には成城学園駅から通うように言われている。それで私は、小学校のグラウンドを大きくまわって、裏道から、祖師ヶ谷大蔵の駅に向かったりした。

 成城学園のキャンパスは広いので、小川があったり斜面があったりする。そのあいだをいろいろにまわって行く。授業中は関係がなく、毎日学校が終わると、Kたちと私のゲームが始まるのだった。

 女子生徒たちも、私とKたちの関係をなんとなくわかっているのだが、これは男の子たちの問題なので、なにも言わない。もちろん、先生たちはなにも知らない。

 こうして、Kたちの包囲の裏をかいて学校を出て電車の駅まで無事に行き、翌朝また学校に出かけ、授業が終わるとゲームが始まる。

 それを私は、毎日なんとかしのいでいたが、それには私の味方をする少人数の仲間の助けがあった。まるで江戸川乱歩の『少年探偵団』の少年グループのようだなと思ったが、なにしろ基本的には私はひとりなので、いつも作戦がうまくいくわけではないのは当然だろう。

 ある日、放課後、成城学園駅になんとか向かおうとする私は、成城学園の正門のところで、ついにKとその仲間たちに囲まれてしまった。

 開かれている校門の内側で、言い合いになる。そしてKが私に向かってきたとき、たまたまだが私が思わず足払いのようなことをして、長身のKが倒れたのには、私のほうが驚いた。柔道で言う大外狩りのようなことを私がしたのだが、夢中だった。

 Kはちょっと驚いたようだが、すぐ立ちあがってまた私に向かってくる。そのとき、通りがかって校門の外で様子を見ていた男の人が声をかけた。

 「みんなでひとりをいじめちゃダメじゃないか」と、そのおじさんはKに言った。

 「でも、こいつ生意気なんだ」とKが言い返す。

 「だけど、きみみたいに大きい子が、みんなでひとりをいじめちゃいけないよ」

と、おじさんは諭すように言った。Kはなお言い返していたが、その小柄なおじさんは、私とKたちのあいだに割って入るようにして話し、結局その日はそれ以上のけんかにはならず、私は成城学園の駅まで無事に歩いていくことができた。

 毎日私が彼らの包囲をくぐりぬけていた日々は、このときで終わることになる。Kたちは、腹の虫がおさまらないようだし、翌日はいままでのようにはいかないだろうと私は感じ、実際その通りになった。







 翌日、授業中はなにごともなかったが、クラスが終わると、教室を出る私を、早くもKたちがとり囲んでしまった。

 放課後は、生徒は早く帰るべきなのだが、私の味方をする生徒や、関係のない別のクラスの男子たちも、何人か私たちを見ている。

 「おい、小野、どうしたんだよ」

と、声をかける他のクラスの男子がいた。実は小学4年だった前の年の冬、小学校のスキー合宿に、クラスから私ひとりが参加したとき親しくなった男子だった。内気で引っ込み思案の私を心配して、担任の馬場先生が、私をスキー合宿に参加させるように、母を説得したのだった。私は生まれて初めてスキーをしたのだが、それは得がたい経験だった。そのとき知り合った他のクラスの生徒が、私を心配そうに見ていた。

 「いや、なんでもないよ」と私は言った。

 「あやまれ!」とKが言う。

 「あやまらないよ」と私は言った。

 「なぜ、あやまらなくちゃいけないんだ」と、これまで通りにくり返すほかない。私はどうしようもない。殴り合いは始まっていないが、私は追いつめられている。教室から校庭に出て、逃げ場のない私は、自然と職員室のほうに進んでいった。職員室は少し離れた別の建物で、そこにKとその仲間に押されるようなかたちで、じりじりと近づいていく。

 その様子を、いつも生徒たちの世話をしてくれる用務員の人(当時は小づかいさんと言った)がじっと見ている。ついに私たちは、職員室の入口まで来た……。



*第68回は9/26(金)更新予定です。


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